■義経は死なず
源義経が衣川の館で自害した史実は、
「吾妻鏡」などの史料で明らかにされているにもかかわらず、
義経生存説が流布されてきたのは
ある人物の死を哀惜するあまりの「流言」といってしまえば
それまでですが・・・
あまりにドラマチックで悲劇のスーパーヒーローを
何時までも 心に留めたい、どこかで生きていて欲しいとする
民衆のロマン、憧れでしょうか。
義経が衣川の館から密かに逃れて北海道に渡り、
さらに大陸に亡命したのち、ジンギスカンを名乗ったという話は
史証が無いにもかかわらず
蝦夷地支配願望の高まる江戸初期から、ロシアの南下時代、
日本軍閥の大陸侵略時代などに
義経の蝦夷、モンゴル亡命説が話題を賑わしてきたそうです。
政治的背景の匂い強しという説もあるようですが、
やはり、強烈に生存説を支えたのは、島国に住む日本人が、
この 歴史ロマンをさらに膨らませて、
壮大なスケールの夢に発展させたい願望の結果では無いでしょうか。
義経が蝦夷の大王となり、
さらにはモンゴル帝国の始祖ジンギスカンとなって
広大な大陸を駆け巡る虚構に 酔いしれていたい、
そして切実な自由への夢と願望を、判官びいきの日本人は
抱き続けているように思えるのです。
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義経最期の地 衣川館跡にたつ義経堂
「夏草や兵どもが夢の跡」ー芭蕉

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