【義経と源平合戦(一)】宮島の管絃祭/常盤御前/牛若丸と弁慶/義経の奇襲/ひよどり越え

■切り絵で描く源平合戦の名場面■

【義経と源平合戦(一)】宮島の管絃祭/常盤御前/牛若丸と弁慶/義経の奇襲/ひよどり越え


     〔ひよどり越え
     寿永三年二月七日、源義経は平家軍を一の谷で討ち破った。
       険しい断崖を一気に駆け下りた奇襲攻撃は、
       「ひよどり越えの逆落とし」として知られている。

源義経一の谷の合戦 ひよどり越え

宮島の管弦祭
         
 宮島の管絃祭
清盛が都での管絃の遊びを厳島の海上に移したのが
  管絃祭だといわれている。
  赤い鳥居を海面に映して浮かぶ
  厳島の姿は、どことなく儚さを漂わせている。
義経の奇襲
義経の奇襲 
頼朝の命により、
義経は摂津より五艘の
船で船出し、暴風が激しく、   怒濤が逆巻く中を
四国の勝浦の海岸まで
漕ぎ着け、上陸後
屋島を目指して急進した。


〔雪の中を逃れる常盤御前〕
常盤御前
 平清盛に敗れた
 源義朝の奥方、常盤御前は
 雪の中、三人の
 おさな子を連れて、京を
 落ちのびる。
 このとき母に抱かれている
 牛若(のちの義経)であった。
〔牛若丸と弁慶〕 牛若丸と弁慶  五条の橋に
 立ちふさがる弁慶を、
 牛若丸(義経)は
  持ち前の身軽さで
 右に左に身をかわし、
 扇子を投げ、弁慶
 打ち負かせた。
 その後、弁慶は義経
 家来として最後まで
 義経と共に戦った。
                                                                                                         
義経の八艘飛び   〔義経の八艘飛び〕

  平家の大将教経が 大なぎなたを振るい、
  義経に襲いかかると、ひらりと身をかわし、
  続けざまに八艘の船を飛び渡り、
  高笑いしたという。


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